一輪明月照禅心
永平六世大智祖継禅師の記された「大智偈頌」は曹洞宗の子弟必携の書です。その中の一文に「僧舎留めず塵世(じんせい)の客、一輪明月禅心を照らす」があります。
真摯に仏道に精進してきた大智禅師にとって、修行道場から離れた俗世の世界( 塵世)は煩悩にあふれて煩わしく汚れた世界に感じられ、そこから来た客は、片時も清浄な僧侶のいる僧舎には住むことができないと嫌悪感を抱いたことでしょう。そんな禅師が、ふと空を見上げると満月が美しく、禅師の濁った心を澄み渡らせるように清らかな心境に変えたのでした。
一輪の明月とは文字通り美しく澄み切った満月です。禅心とは煩悩や邪心が入り込む余地のない釈 尊の教えのような澄み切った心境を指します。澄み切った美しい月の光は、暗闇をやわらかく照らしてくれます。道に迷った人にとっては道しるべになり、心に悩みを抱えた人にとっては癒しの光になるでしょう。それこそが釈尊の教えのような存在であり、その心境が禅の心なのです。
先代住職が遷化する数日前に病院の窓から見た満月の夜空を今でも思い出します。その満月の光は不安な私の心をやさしく照らしてくれているようでした。
あれから十年以上の月日が流れました。世の中は日々変化し、自分自身も年齢を重ねましたが、夜空に浮かぶ月の変わらない姿は、いつでも静かに私たちを見守り続けてくれています。
私は亡くなられた方の大練忌( 四十九日忌) 塔婆の裏面に、この禅語「一輪明月照禅心」と書くようにしています。亡き方が仏界から残された皆様を見守ってくれるように願いを込めてです。

