非思量 NO.300

 自利利他じりりた

 毎朝、境内の清掃をしてくださっている檀家のAさんに、「いつもありがとうございます。」とお礼を言ったら、「これは自分のためにやらせていただいているんです。」とおっしゃいました。そして、清掃を始めたきっかけを教えてくださいました。

 それは数年前に亡くなられた知り合いの檀家さんが自分のご先祖様のお墓の近くに落ちた槙の葉を掃いているのを見たからだそうです。その方は誰に頼まれたわけでもなく自発的に掃いてくれていたそうなのですが、それを見たAさんも自分も真似てみようと思ったそうです。

 それは、ご実家のお寺の掲示板で見た「良いことと思えば真似てやってみる。いずれ己のまことに至る。」という言葉が心に残っていたからだそうです。

 Aさんは、他の人がやっていた行為を自分もやってみようと思い、真似から始めた行為でしたが、清掃を毎日続けることで、自分の習慣となり、以前より体調や精神状態もよくなったそうです。また、毎日の生活でも、良い出会いが増え、感動や喜びが増えたそうです。

 

 『修証義』の第四章に、「利行は一法なり、普く自他を利するなり」というお示しがあります。

 「一法」とは一つの教法のことで、自利(自らの利益)と利他(他人の利益)は決して反するものではないという意味です。

 道元禅師も『正法眼蔵』「諸悪莫作」の中で、「一法を通ずるものは万法を通ず。万法に通ぜざるもの一法に通ぜず」と教えています。

 毎日の境内の清掃をきっかけにして、世の為、人の為になる事が自分の喜びとなったAさんは、日常のすべての行動や発言も無意識に「自利利他」の行いになっているのだろうと思いました。

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